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プログまもる会日記 

プログ

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消費税の増税の影響

2012-11-10
 消費税のニュースになると、サービスを受ける立場(消費者の立ち位置)で論じられることが多いような気がする。しかし、サービスを提供する立場(事業経営の立ち位置)で考えるとどうだろう。
 消費税については、消費税施行以来、医療・介護の分野が「原則非課税」となっている。この規定により、各介護事業者が支払った消費税については仕入れ控除が認められておらず、その結果、介護事業者が消費税の最終負担者となっている現状がある。このことは介護分野において経営上の大きな負担となることが危惧されている。特に医療・介護機器や施設の修理・建設代金に含まれる消費税の負担は経営的な圧迫の要因となり、さらに現行の5%の税率が10%に引き上げられることにより、その打撃はさらに大きなものとなるだろう。心配なのは、そのことが、介護の質の維持に影響を及ぼさないかということだ。そのようなことがあってはならないので、経営努力をすることは勿論ではあるが・・・。
 原則課税に抜本改正にしては? しかし、それでは利用者の負担が増加するし、改悪かな?・・・。このことをどう考えればよいのだろう。
 今後の社会保障にはお金がいることわかってはいるし、その負担は平等であるべきと考えてはいるが・・・。難しい問題だなあ。

さて、右の写真は町の文化祭に出展した利用者の作品です。左のほうはデイケアの利用者が共同で仕上げた貼り絵で、最近の作品は、立体感や遠近感までも出てきてすごい出来栄えです。


身体拘束について(研修レポート)

2012-10-10
 介護保険制度の指定基準では、身体拘束により利用者の行動を制限する行為を禁止しています。安易な拘束は高齢者虐待に通じるものとなります。今回、施設職員2名が身体拘束廃止推進員養成研修を修了しました。レポートの一部をご紹介します。
 
 「今回、私は身体拘束廃止推進員養成研修に参加させていただきました。具体的な身体拘束の行為(例:縛らない、囲まない、装着しない、過剰に飲ませない、隔離しない)の対策というより、高齢者に尊厳をもって接することで身体拘束をなくしていこうというが主旨でした。
 スピーチロックとフィジカルロックの説明がありました。スピーチロックとは、職員都合による「忙しいから少し待って」など言葉や態度による抑制のことで、無意識のうちに行っていることが多い拘束となっています。フィジカルロックとは体を押さえつけたりの拘束です。仕事に追われ、ついついスピーチロックが行われることのないように、言葉による制約に目を向け、気をつけたいと思います。言葉による拘束を減らし、高齢者の選択や自由を尊重し、常に自分に置き換えて介護をしていきたいと思います。
 また、行き過ぎた介護も入居者の残存機能の低下を促してしまう恐れがあるため、状態をしっかり把握し、今の本人に合った介護をしていかねばなりません。状態観察、コミュニケーションを図ることの大切さを再確認しました。
 今後はスピーチロックを完全になくせるように、他の職員への意識付けを図りたいと思います。」

 拘束=虐待=人権侵害という認識を社会全体がもつこと、必要な環境改善、介護する技術の向上など、安心できる介護の実現には、まだまだ課題が多いようだ。 一人でかかえこまず、事故の起きない環境整備や応援体制など、みんなで議論して共通認識もつことが大切ですね。


説明不足と信頼不足の関係

2012-07-09
 
消費税の引き上げ法案が可決されそうなかんじである。
「社会保障と税の一体改革」で、増税は決まったが、その使われ方が社会保障に使うというだけで具体的なものが見えないという批判をよくテレビで見ることがある。これから精査し、煮詰めていく作業をすることになるだろうが、国は全く何もしていないわけでなく、(厚生労働省平成24年3月30日付)で「社会保障・税一体改革で目指す将来像」という中で、実は改革の方向性をすでに示している。
この中の安定財源の確保という説明の中で、消費税の使途の明確化という部分があり増税5%分のうち1%の2.7兆円を社会保障の充実のために、大枠で「待機児童の解消のために保育・放課後児童クラブの量的拡充」「高度急性期医療の強化・在宅医療介護の充実(病院施設から在宅へ)」「年金制度の改革(受給期間の短縮・低所得者への加算)」「貧困格差対策」に使用するとしている。また残りの4%の10.8兆円を今の社会保障を守るために大枠で「年金の国庫負担を2分の1に」「安定財源が確保されていない自然増分の社会保障費用に充て、次世代への負担のつけ回しの軽減」「消費税引き上げに伴う社会保障支出の増(年金・診療報酬など物価上昇に伴う増)」に使用するとしている。
国はこの内容を政府広報としてパンフレットにして発信しているし、マスコミの説明が足りないという批判ばかりには少々かわいそうな気もするが、国民にしてみれば景気が上がり税収が増えないことには、ただの机上の空論と冷ややかに受けとっている感じもあるのかなと思うし、何より、マニュフェスト違反でそもそも国政への信頼が薄いので、いくら説明しても納得は得られない。信頼のない中でいくら説明しても理解はされない。今後も「納得のいく説明が不足している」という批判が続くと推測される。
十分な説明からも理解は生まれるかもしれない。だが日頃の行いからしか信頼というのは生まれない。信頼のない中の説明から納得をえるのは難しい。この国民と政治との距離・関係に、介護事業所と利用者家族との関係を重ね合わせ、我々も信頼の構築について、日ごろのサービスの重要性について考えさせられる今日この頃である。



生活保護制度への信頼は

2012-05-28
最近、マスコミを賑やかせている生活保護制度の矛盾。生活保護の受給者には、どのような「恩恵」と「制限」があるのか、この点を整理して課題を明らかにしていく必要がある。生活保護費は年齢や居住地域によって違いがあるが、たとえば東京に住む30代の単身世帯なら、生活扶助8万3700円に加えて、住宅(家賃)扶助として最大5万3700円が加わり、合計13万7400円を毎月受け取ることができる。同じく30代夫婦、就学年齢の子2人の世帯で試算した場合、扶養家族分の保護費に授業料や通学費などの教育関連扶助を加えると少なくとも月額29万4260円。年収にすれば350万円である。また、医療扶助により医療費が無料となるほか、住民税や水道基本料金、NHK受信料の免除、自治体運営の交通機関の無料乗車券など、事実上の“追加給付”もある。 ちなみに、都内の最低賃金(時給837円)で週5日、1日8時間働いた場合の収入は月額約13万4000円。しかも、ここから年金保険料や国民健康保険料、NHK受信料などを支払えば、それこそ生活もままならない。(新聞より抜粋) 低賃金で働いた者の収入より、「働かずに得られる収入」の方が多いという不公平が問題となっている。同一敷地に住みながら、生計を同一にせず、扶養を、まのがれて生活保護の受給中の方も大勢いる。家族は「家のローンや教育費などで自分たちの生活だけで大変だ」といえば、親への援助をしないことを罰せられることもないし、子供は金持ち親は生活保護というところも多いだろう。憲法25条に定められた「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障するための制度は、「正直者がバカを見る」という悪平等を生んでいる現実がある。「矛盾」や「不公平」が顕著になれば、制度そのものが問題視され、支援を必要とする人までもが社会から敵視されかねない。社会からの敵視が恥となり、本当に必要な人が利用を控え、結局は餓死するような悲しい事件が発生したりする。それがとても心配だ。国は、誰もが、制度適用に納得できる基準、線引きを早く考え、制度の信頼を社会から得られるようにしないといけない。それには、制度整備とともに、担当者であるケースワーカーの人員の整備も並行して必要だと思う。バブルがはじけてからは受給者が戦後の混乱期なみの人数まで急増しているのに、ケースワーカーは比例して、十分人員配置されてきているのだろうか??? 生活保護の申請や適用、その後の自立への支援を含め、調査や評価には時間と人手がかかると思うのである。
 
 

無縁な社会が生むもの

2012-03-18
 今年1月、北海道札幌市のマンションで、かなり時間が経過した姉妹の遺体が発見された。姉(42)が先に病死し、知的障害があった妹(40)がその後に餓死したとみられている。ガス・電気の供給は料金滞納のため昨年11月末から止まっていた。氷点下10度を下回る北海道の厳しい冬を毛布1枚で耐え、空腹と闘っていた妹は、悲鳴一つ上げられないまま死亡したのだろうか。
 姉は勤めていた会社が廃業した後、アルバイトで生計を立てていたが、体調が優れず仕事をほとんどしていなかった。昨年には札幌市役所を訪れ、生活保護の申請について相談していた。日本では若くても収入がなければ生活保護を申請し、月6万−8万円ほどの支給を受けることができる。市役所職員がこのとき「生活保護を申請する条件の一つは熱心に求職活動をすること」と説明すると、姉は申請せずに帰ったという。NHKによると、マンションの部屋から複数の履歴書が発見されていることから、姉はさらに求職活動に力を入れ、それでも就職できなければ生活保護を申請しようと考えていたものとみられるという。
 
このニュース亡くなった姉妹が本当に気の毒でならない。とても心が痛む。
せっかく制度があっても、必要な人をそのサービスにつなげることができない。本当に困っている人にきちんと救いの手が差し伸べられるような仕組みは確立しないものか?
これは生活保護の窓口業務だけの問題ではない。
人は人と他者に関心をよせず、自分の事ばかり考えて、個人の生活に他者が関係すること、いわば「絆社会」を煩わしいと思ってきた現代人と助けを求める手段を知らない、または助けを求めることをあきらめた弱い人たちとの考え・価値観の差が社会保障の機能の障害となっているような気がしてならない。
まずは「困ったら周囲に声をかける」「困っている人を見たら声をかけること」 単純だが、そこが欠落しているようにおもえてならないのである。閉塞した社会が無関心な人間を作っていっているが、親切な人は近くに多くいるはずだ。
そして潜んだニーズを探し繋げる人の存在が必要だ。それだけで随分とよくなるはずと思う。 サービスを必要とする人、サービスを提供する人、サービスを調整(繋げる)する人、みんなが考えていかないといけないことだと思う。



社会福祉法人
まもる会
福岡県築上郡築上町大字湊1275
代表
TEL.0930-57-1110
FAX.0930-57-1120
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